終戦時点でソ連にとどめられたといわれる約57万人の日本人のうち、戦争犯罪者として軍事法廷で裁かれ、2年から10年以上の刑を受けてシベリアに抑留された日本人捕虜は、およそ47万人以上といわれている。しかしそこには捕虜の名で酷寒のシベリアに抑留しながら、その実、大戦で受けた経済的損失の復興を計るための、安価な労働力として使役する、というソ連側の事情があった。それが労働力として確保された日本人捕虜の帰国を困難にした最大要因だった。 注)ソ連残留邦人とシベリア抑留者の数には諸説があり、必ずしも各資料において一致していません。
〈志治美世子〉