映画祭紀行 その2 思い過ごし

2月8日 (前編)

0202朝食後、監督夫妻は連れ立って、ホテル周辺のツォー広場、最後のドイツ皇帝ヴィルヘルム2世が中世の教会を模して建てた「カイザー・ウィルヘルム記念教会」を見物し、その足である映画館に向かった。第2次大戦による廃墟のまま保存された教会は戦中派の監督には少なからぬ感銘を与えたと見え、後で聞くところによると、その日の『ニワトリはハダシだ』の上映についてはほとんど 念頭になかったという。

「…えっ」
 志摩プロデューサーは耳を疑った。教会見学に出た監督は早めの昼食後、折から映画祭特別招待作品として上映中の清水宏作品『歌女おぼえ書』を観に行ってしまったというのである。
「ほんまかよ」
「こっちの上映中には戻って来られる約束ですから…」
「まぁ、上映後のQ&Aには間に合うからええか…しかし、自分の映画公開初日に他人様の映画を観に行くなんて、凡人には考えられへんで」
 志摩プロデューサーもザナドゥの沼田氏も、客の入りが気になった。はたして本当に来るだろうか。ベルリンの人々は最後まで観てくれるだろうか…。監督が到着した時、ガラガラだったらまずいよな。もちろん口には出せない不安である。
 そうして、上映時間になると――何と! 客席は満席だった。
 上映が始まる。5分経った。その時、客の1人が立ち上がった。
「うぁ…」
 2人目、3人目と、次々席を立ち始めた…。
「来た! これか…」
 しかし、5、6人目が立ち去ると、そこで退場する客足はピタリと止まった。残りの客はスクリーンに釘付けになっていた。
 ドッと笑いが起こり始める。スクリーンのギャグに観客が無防備になり始めた。02
 安堵する2人。
 あとは流れに任せればいい。
 すっかり客が楽しんでいる頃、監督が到着した。

 客がヤケに笑っているので、
「これは失笑を買っているのではないか」
という疑惑がとっさに浮かび上がって来た。腹の中ではいささか憤りすら感じ始めている。
「このシーンはゲラゲラ笑う場じゃねぇだろ…」
 ところが上映が終わると、場内から万雷の拍手が沸きあがるのだった。明かりのついた客席には、満面の笑顔と、涙目になっている笑顔までが温かい眼差しでこちらを見ている。そんな拍手に包まれると、さすがに昂ぶりが込み上げてきて、初めてドイツに来て良かったと実感した。やはり自分の映画が受け入れられるのは素直に嬉しい。今すぐにでもお礼が言いたい。急に何だが、モゾモゾと逃げ出したいような気になってきた。
 こんなに喜んでくれているのに、この後のQ&Aで下手なことを言うわけにもいかない。幻滅させることになる。ならばいっそ、歌でも歌うか。いや、あの歌はまだウロ憶えだ。
「…まずいなぁ」
 他人様の映画なんて観てる場合ではなかったとひとり後悔していると、壇上に上がれと促され、追われるように登壇してしまうのだった。

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