映画祭紀行 その1 映画祭を前に…

ベルリン出発直前になって、一つの不安がよぎる。
どうせ『ニワトリはハダシだ』ってどういう意味か? と訊かれるだろう。答え方はいろいろあるが、励ましだと答えればいい。しかし《ニワトリはハダシ》という歌詞の出てくる『おこさ節』はドイツ人にもわかるように説明したい。それには歌って見せるに限る。もちろん歌うのは一向に構わない。むしろ歌いたい。だが、あの歌はむずかしい…非常にむずかしい。
民謡といえばシナリオライターの中島信昭氏だと即座に電話し、受話器の向こうで歌っていただく。
♪それもまったくだな 鶏裸足ヨー (アラ コラサノサ) 鶏裸足でも コーラヤ コラ 嬶もてる オコサデ オコサデ 本当だね
…やはりむずかしい。どうしても秋田『おこさ節』が山形『花笠音頭』になってしまう。
不安を拭い切れぬまま、成田を発った。
2月6日

日本時間12時25分発《NH209・D》便。
うんざりするほどシベリヤ上空を飛んだ末に、現地時間で同日の16時35分、フランクフルト着。17時25分発《LH190・C》便に乗り換え更に飛ぶ事1時間、テーゲル空港に降り立つ。

上着を着れば汗ばむほどの暖かさ。
倍賞美津子さん、マネージャーの小野女史、志摩プロデューサー、ザナドゥの沼田氏、清水女史、久保女史、そして森崎夫妻。
 一行は一路、エクセルシオールホテルへ。

喜劇映画を撮り続け、まさか海外の映画祭に招かれる日が来ようとは、夢にも思わなかった。
だからといって『ニワトリはハダシだ』が現地で評価されているわけではない。聞くところによると、外国の映画祭では10分観てつまらなければ、観客がゾロゾロ退場するらしい。そんな憂き目に合うことはできればごめんこうむりたい。
usarmy憶に残る《映画のベルリン》といえば、ロシア映画だが『ベルリン陥落』って映画があった。赤旗の翻る累々たる廃墟のベルリンの映像が圧倒的だった。大群衆の前に立つスターリンがまさに蝋人形のようで異様に印象が残った。
また、1台のジープに乗り合わせた連合国・米、英、仏、露の兵士たちの友情を描いた『ジープの四人』という映画もあった。コチラも同様にプロパガンダの匂いが胡散臭く「この連中が仲良くいくわけがないだろう」という思いで筋は憶えていない。

俗称《チャーリー》といわれるUSアーミー・チェックポイントを通りかかったときのこと。あの映画に出てきた《チャーリー》がその姿のまま残っていたのだ。何十年という時のフィルターがいくえにも覆い輪郭もはっきりしなかった記憶が、実物を目の当たりにしてあざやかに蘇った瞬間、私は思わず車道を横切った。その刹那、疾走する車が背中を擦るかのように私のすぐ後ろを掠めていった。その衝撃に、体が震えた。
走馬灯すら浮かばぬほどの一瞬の出来事だったが、はるばるベルリンまで来て命拾いしたこと、この衝撃をたぶん死ぬまで忘れないだろう。

2月7日

11時、上映やQ&Aについて、現地のスタッフとの打ち合わせ。 下見を兼ねてメイン会場などを廻る。
その後、昼食。

印象としてドイツの料理はすべてがいかにもドイツ式で画一的というか、同じ味に感じる。どこに行って何を食べても《一定》な味といfoodう気がする。
宿泊したエクセルシオールホテルの中には、ここかしこに小ぶりで真っ赤なリンゴがおいてある。飾りでもあるだろうが、ご自由にお召し上がりくださいということらしい。リンゴは食わなかったが、チーズはうまかった。おかげで調子に乗ってガンガン食った。
その夜、一行は、若杉社長(プロデューサー)と合流して豪華ディナーへと繰り出していった。残念ながら私は例によって早寝、みんなはさぞかし愉しきベルリンの夜を堪能したに違いない。

 ベルリンの黄金期は1920年代といわれる。ドイツ帝国崩壊からナチス台頭まで。社会が揺れ動き不安定な時期だからこそ、夜の街に救いを求めたのかもしれない。退廃的で耽美的なベルリンの面影はもはや見当たらないようだが、残り香くらいは漂っているのかもしれない。壁の崩壊後、東ベルリンに西や海外からの資本が押し寄せ、廃れたはずのヴァリエテやカバレット、キャバレーなど夜の姿が復活した。

寝床でさまざまな記憶が去来する。
戦時中、日本のラジオにベルリンとローマからの放送が毎晩のように流れた。
「日本ノ皆様、コチラハ、ベルリンデアリマス…」

ベネチアでもカンヌでもなくここはあの放送の発信地ベルリンなのだ。
明日は上映初日。頭を整理しておかねばと逸る気持ちもあるが、頭の中にはラジオから流れる
♪ドイッチュランドイッチュラン・ユーバー・アレッス・イン・デアヴェルト
の歌と
♪ジョヴィネッツア・ジョヴィネッツア
が延々と聞こえて止まない。どうやらチャーリーで車に轢かれかかった瞬間から、俺の脳味噌の中の海馬の機能は5、60年逆回りしたらしい。

 

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